新型コロナウイルス対策を理解するために

新型コロナウイルス対策を理解するために

中国武漢を起源とする新型コロナウイルスの感染者が日本国内でも増えてきました。これを受けて企業内でも従業員に感染者が出ないように、社内で感染が広がって業務が停止しないように各社対策をしていると思います。

詳しいことは厚労省や医学系のちゃんとしたHPを参考にしてください。しかしこれらのHPを見ても、基礎知識がないと読み解けない部分もあります。ちゃんとしたHPを見る前にほんの少しだけ役立ちそうな、基礎の基礎をまとめてみました。

食品業界ではなぜか品質保証が担当

食品会社では「なんとかしなさい」と上から品質保証部に指示が降りてきたり、「ちょっと咳が出る人が出勤してきたけど帰したほうがいい?」などの問い合わせが他部署から品質保証部に来たりします。

ノロウイルスのような食品を介して感染するウイルスは、食品衛生の観点から品質保証部が中心となって社内ルールを設定することが多いでしょう。しかし新型コロナウイルスはFDAでも農水省でも今のところ食品を介して感染する事例は確認されていないとしています。

食中毒対策ではなく、従業員の健康を守るのは労働衛生の分野です。機械とか建設とか教育とか小売とか食品以外の会社では衛生管理者が業務を担当しているはずなのですが、食品業界はなぜか品質保証部が担当部署になってしまうことが多かったりします。労働衛生と食品衛生がごっちゃになっている方が多いように思います。

菌とウイルスの違い

増殖方法

増殖方法が菌とウイルスの決定的な違いです。

ウイルス
自分で増殖できる自分で増殖できない

菌は細胞分裂を繰り返し増殖します。一般生菌や大腸菌群など自社で検査しているところも多いでしょう。培地に塗って、適切な条件で培養をすれば増えてくれます。1個では見えない細菌ですが、増殖させてコロニーを大きくすることで肉眼で何個か数えられるようになります。

菌は自身の能力でコピーを作り、倍々に増えていきます。
細胞膜が余ってプチッと切れて分裂する菌もいます。

一方ウイルスは自分で増殖できないので、培地に塗っても増えてくれません。ノロウイルスの検便を出そうと思っても、特別な検査機関に出さないと検査が出来ないのもこういうことが関係しています。(普段使っている検査機関に出しても検査機器を持っている別の検査機関に外注されることも多いのです。)

ウイルスはタンパク質の中に遺伝子(DNA、ウイルスの種類によってはRNA)が入っています。ただこれだけしかないので、サイズは細菌と比べ非常に小さくなっています。(大きいウイルスもごく一部います。)

生きている細胞にウイルスの遺伝子をつなげ、宿主の細胞のタンパク合成システムを使って増殖します。生きている細胞とつながらないと増殖できないので、寒天培地に載せても増やすことが出来ないのです。

ウイルスの構造
RNAかDNAがタンパク質の殻(カプシド)の中に1~2本入っています。
この外側に脂質の殻(エンベロープ)を持っているウイルスもいます。

ウイルスが体内に入ると、レセプターを持つ細胞に吸着し、細胞内に入り込みます。
レセプターがない細胞にくっつくことは出来ません。体内の別の器官や動植物の種族の壁を越えてウイルスが感染することは難しいのです

人の細胞に入り込んでウイルスのRNA(DNA)を放出します。

人の細胞の機能を使って、ウイルスのRNAからDNAを作ります。

転写されたウイルスのDNAが人の細胞核に入り込みます。

人の細胞のDNAにウイルスのDNAが組み込まれます。

遺伝子組換はウイルスのこの力を利用して有用な遺伝子を組み込む技術です。

結びついたDNAからRNAが転写されます。

転写されたRNAからウイルスの殻になるタンパク質が合成されていきます。

転写されたウイルスのRNAがタンパク質の殻に包まれて人の細胞の外に放出されます。

一度ウイルスのDNAを組み込まれた細胞は元に戻ることはありません。ウイルスに感染した細胞はNK細胞キラーT細胞に殺されます。

効く薬

菌に効く薬(抗菌薬)はいろいろあります。菌は単体で存在しているので、人にはなくてその菌にはある機能を攻撃することで菌をやっつけることが出来ます。抗生物質も効果があります。例えば細胞壁を壊す薬や、菌がタンパク質合成に使う特有の代謝機能を阻害する薬などがあります。

一方、ウイルスに効く薬(抗ウイルス薬)はあまり存在していません。インフルエンザ、HIV、ヘルペス、水ぼうそう、B型肝炎など一部のウイルスに対しては、ウイルスが人の細胞に結合するのを阻害したり、ウイルスの遺伝子の転写を阻害したりする抗ウイルス薬があります。

しかしウイルスは自分の体の細胞と結びついてしまいます。異常が無い細胞もウイルスに感染した細胞もどちらも人の細胞ですので、両者の機能に大きな違いがあるわけではありません。違いが無いので、感染した細胞を選択してやっつける作戦では難しくなります。

人の細胞と結びつく前にウイルスをやっつけようとしても、ウイルス単体には栄養を取り込んだり、取り込んだ栄養からエネルギーを得たりと言った機能がほぼ無いので、機能を阻害してやっつけることも難しいという事情もあります。

このため感染した細胞だけ攻撃する薬を作るのは難しくなります。抗生物質もウイルスには効果がありません。ウイルスに感染したら基本的に自己免疫で治癒することになります。

ウイルスに対抗するには

ワクチン

ウイルスに効く薬はあまり種類がありません。そこで有用なのがワクチンです。弱めた、もしくは無毒化したウイルスを体の中に入れ、ウイルスの形を体に記憶させます。一旦記憶されれば次回から速やかに免疫が働くようになります。インフルエンザの予防接種などはこの効果を狙ったものです。

各免疫細胞の役割

ウイルスが体に入ってくるとマクロファージなどがヘルパーT細胞に「こんなウイルスが侵入してきました」とウイルスの抗原情報を伝えます。ヘルパーT細胞B細胞に提示された抗原に合う抗体をつくらせます。初めて出会うウイルスだと抗体を作るのに時間がかかりますが、一度経験しているウイルスなら過去の記憶をもとに速やかに抗体を作ることが出来ます。NK細胞キラーT細胞はウイルスに感染した細胞を殺していきます。

抗体とは

B細胞が作り出す抗体はY字型をしており、先端部分が抗原に合わせて変わります。

抗体がウイルスにくっつくことで目印となり、マクロファージなどが効率的に見つけて食べてくれます。防犯用カラーボールみたいなものです。

他にも複数の抗体でウイルスを囲んで正常な細胞に感染できなくするなど、ウイルスをやっつける大きな手助けをしてくれます。

ウイルス検査

PCR検査とは

検査対象のウイルスに含まれている遺伝子配列があるかないかを調べる検査です。特定区間のDNAがあるかないかを調べることで、遺伝子的に同じかどうかを判定します。

検査するDNAを温めていきます。

温めるとDNAが1本ずつにばらけます。

プライマーが調度合うところにくっつきます。

プライマーからDNAが伸びていきます。端まで行くと止まります。元のDNA(赤、青)より少し短いDNA(ピンク、水色)が1本ずつ出来ました。

再び温めてDNAを1本ずつにします。

同様にプライマーから端までDNAが出来ます。プライマー間のDNA(やまぶき、緑)が出来ました。

再び温めてDNAを1本ずつにします。

プライマーからDNAが伸びていきます。プライマー間のDNA(やまぶき、緑)が増えてきました。

再び温めてDNAを1本ずつにします。

繰り返していくとプライマー間のDNA(やまぶき、緑)がたくさん出来てきます。

寒天に注入し電気泳動をかけます。長いDNAは手前で止まり、短いDNAは抵抗を受けないので遠くまで行きます。

この場合、②はコントロールと別物と判断されます。

プライマーとは

DNAを合成させる先端になる部分です。DNAの塩基は4種類あり、A ⇔ T、C ⇔ G、とそれぞれ結合できる相手が決まっています。何を検査するかによって、適切なプライマーがあります。

下段がプライマーです。
ここでプライマーが結合できるところは1カ所しかありません。
5個つながった塩基配列で説明していますが
実際のプライマーは20個くらいです。

結合したらDNAポリメラーゼの働きにより
プライマーの後ろにDNAが伸びていきます。

PCR検査の注意点

偽陰性について

PCR検査は検体にウイルスの遺伝子があるかないかを調べる検査です。人間の感染部位全部を切り取って検査にかけることは出来ません。一部の細胞を採取して検査にかけます。なので採取した一部にウイルスがいてくれないと検出は出来ません。本当は陽性なのに結果が陰性と出ることを偽陰性と言います。培地にコロニーが出ていないときに「一般生菌数 300個以下/g」と表現するのと感じが似ているかもしれません。

ウイルスがいっぱいいると・・・

採取した検体にもウイルスがいる可能性が高いので、検査で陽性が出ます。

ウイルスがちょっとしかいないと・・・

採取した検体にウイルスが入っていない場合は陰性と出てしまう。 → 偽陰性

プライマーの選択

どのプライマーを選択するかがPCR検査の重要ポイントです。検査対象のウイルスに特有の塩基配列を検出できるようなプライマーを選択しなければなりません。検査対象以外にも含まれていて、同じ長さになる区間を作るプライマーを選ぶと陰性なのに陽性と出てしまいます。

対象のウイルスの配列をよく調べた上で選択したプライマーでないと、検査の精度は下がってしまいます。

その瞬間の状態がわかる

その瞬間に検査対象のウイルスがある程度いるかどうかしかわかりません。治ってウイルスが体内からいなくなると陰性となります。また、かかった当初や治りかけでウイルスが減った時も偽陰性が出る可能性もあります。

抗体検査

PCR検査はウイルスに感染しているかいないかしかわかりませんが、抗体検査はウイルスに感染したことがあるかがわかる検査です。感染中で抗体が作られていれば検出できますし、治って抗体がある人も検出できます。

イムノクロマト法(アレルゲンの簡易検査や妊娠検査薬などで使われている検査方法)で結果がわかる簡単な検査方法です。

ある程度の精度が担保されていれば、便利な検査方法です。PCR検査をする前のスクリーニング検査として使うこともあります。